痔核(いぼ痔)
はじめに
痔核は人間誰もが持っている組織であり、他の動物(犬、猿、猫など)でも持っています。痔核という組織は直腸の下端の粘膜の下から外側の肛門管にかけてドーナツ状の静脈のネットワーク(静脈叢)を形成しております。しかし、人間は直立歩行や排便習慣の異常、食事の多様性、長時間の座位などのために、痔核内の静脈叢がうっ血・血流障害を起こし、静脈瘤となり、それが慢性化することで脱出や血流障害による血栓形成などで浮腫や腫れを引き起こします。しかし痔核は便の性状(便の硬さ・ガスなど)を感知し、便が漏れるストッパー(栓)のような役割があり、とても重要な組織です。もし、痔核がなければ、便の性状が感知できず、おならを出したいと思った時に便も一緒に漏れてしまうことになるでしょう。よっていぼ痔(痔核)の治療は慎重に進めなければなりません。いぼ痔といっても、原因や場所、症状などによりさまざまな病名があり、それぞれで治療の仕方が変わってきます。
脱出性痔核
内痔核の場合脱出の仕方による痔核重症度分類でGoligher分類(別表)というのがあります。しかし、これは痔核の大きさや外痔核の有無、急性病変(浮腫や血栓)の有無などの考慮はありません。専門的になりますが、歯状線を境に内側を内痔核、外を外痔核と呼んでおり、脱肛といっても、内痔核だけのもの、内痔核だけだが、歯状線の固定が外れ、滑るように出てくるもの、内痔核と外痔核がつながって出ているものなど様々な様式があります。痔核といっても患者様により体形や年齢・性別が違うように、形・大きさ・場所、症状などが全く違うため、治療方針や手術方法もそれぞれ違ってきます。
Goligher分類:内痔核の脱出度に関する臨床病期分類
*保存治療
ひどくない場合(Goligher分類ではGrade Ⅰ・Ⅱ)は、炎症・うっ血を改善する軟膏や内服薬で様子見ます。さらに痔核を悪化させている排便状態や便性状などを改善するため、生活改善指導や投薬による便通改善治療を行います。
*手術治療
患者様により体形や年齢・性別が違うように、痔核も形・大きさ・場所、症状などが全く違うため、それに合わせた治療や手術が必要になってきます。当院の手術方法は主に下記の方法を単独または組み合わせて、患者様に最適な治療を行います。
A)ALTA注射療法
B)痔核結紮切除術
C)分離結紮術
D)Gant-三輪法:直腸脱の治療の一部
→おしり(肛門)の手術方法
出血性内痔核
病態・症状
排便時に鮮血(真っ赤)で「ほとばしる」、「シャーと音をたてて走り出る」、「ポタポタ落ちる」ような出血があります。痛みは伴わない場合が多いです。また近年、抗血栓薬を内服されている患者が多く、それにより出血しやすい場合もあります。
治療
出血がまず痔核からの出血であるかどうか見極めなければなりません。肛門部で出血の原因として多いのが切れ痔(裂肛)です。さらに奥からの出血の可能性ある場合、大腸がんや腸炎、憩室炎などの可能性ある場合は大腸内視鏡検査を行う場合があります。
*保存治療
痔核からの出血の場合、出血の頻度は少なくて貧血が進んでいないようであれば、坐薬や軟膏、便通コントロールなどで様子見ます。
*手術治療
脱肛症状がある、貧血が進行するほど出血ある、抗凝固薬内服中で出血が止まりにくいなどの場合は手術をする場合があります。脱肛が無ければ(Goligher分類ではGrade Ⅰ)、痔核注射療法(PAOやALTA注射療法)を行います。脱肛のある場合(Goligher分類ではGradeⅡ・Ⅲ)は程度によりALTA療法・痔核結紮切除・分離結紮かを決めます(脱出性痔核参照)。
血栓性痔核(外痔核)
病態・症状
血豆(血栓・血腫)が痔核にできたもので、急に腫れて痛むことが多いです。外痔核や内痔核(主に外痔核に多い)内の静脈血管に血栓が形成され、静脈還流障害が起こり、特に外痔核が腫れると痛みます。内痔核だとそれほど痛まない場合もあります。血栓が大きく、粘膜から破れて外に出てきた場合、暗赤色の出血が紙についたりすることがあります。血栓性外痔核を一般に外痔核という場合もあります。
原因
急に寒くなったり、肛門を冷やしすぎたり、長時間の座位、便秘や下痢にて長時間排便で息むことにより、痔核の血管内の血流が悪くなり血栓形成され、急に腫れて、痛みます。
治療法
保存的(軟膏など)の場合と血栓を除去する方法とがあります。血栓が小さく、痛みもそれほどでない場合は保存的加療となる場合が多いです。しかし比較的大きい血栓性痔核の場合、軟膏治療などではすぐに小さくならず、血栓が解けて融解し、吸収されるまで相当時間がかかるため、血栓摘出をお勧めする場合があります。小さいものでも血栓が溶けて吸収に時間がかかり、そのあと伸びた外痔核が皮垂(Skin tag)といって、伸びた皮膚がビラビラと残るため、早期に血栓を摘出した方がいい場合もあります。血栓摘出は診察室のベットサイドで局所麻酔下に行います。5~10㎜ほど切開し、血栓を取り除きます(2分程度で終わります)。痔核自体は切除いたしません。
*保存治療
腫れの小さいものや疼痛のあまりないもの、発症してだいぶ経過が経ったものなどは軟膏や炎症・うっ血を改善する内服薬で様子みることが多いです。また入浴で肛門を温めると、症状(疼痛や腫れ)が和らぎます。ただし、軟膏を塗り続けても血栓が溶けて吸収するのに約3~4週間かかります(大きさによります)。また腫れが改善しても外痔核の腫れた分の皮膚の弛みが残存し、いわゆる皮垂(skin tag)として残存する場合があります。
*血栓摘出術
急に腫れて痛む場合やかなり大きい血栓の場合、軟膏治療で症状が改善しない場合、早く腫れを引かせたい場合は、血栓を摘出します。この場合、診察室のベットで5分もかからず処置できます。腫れた部分に局所麻酔をし、メスで小切開し、血栓を摘出します。肛門皮膚を含む外痔核を大きく切除するようなことはしません。局所麻酔は少し痛みますが、血栓性痔核の大きい方や痛みの強い方は軟膏などによる保存療法で粘るよりは早く腫れや痛みが引くため、こちらをお勧めする場合があります。
痔核嵌頓
病態・症状
痔核が脱肛して戻らなくなり、肛門括約筋により締め付けられ、血流障害を起こし、痔核全周に血栓を多数形成し、全体が腫れあがる。全周性に脱肛し戻らなくなり、かなりの痛みを伴います。嵌頓して時間が経つと腫れがひどいため、肛門内に戻せなくなります。たとえ戻しても排便時や歩くだけでまた出てきます。
原因
便秘や下痢などで息みすぎたり、長時間の座位、脱肛してもすぐに肛門内に完納(戻す)しなかった場合など。血栓性痔核と似ているが、それが全周性に生じたひどい状態。
治療法
手術の場合早期にする場合(早期手術)と、腫れが治まるのを待ってから手術(待機手術)する場合とがあり、肛門外科でも意見が分かれます。どちらも利点・欠点があります。先生と話し合ってどうするか決めましょう。
*早期手術
利点:腫れが早期に治まり、痛みが楽になること(手術後の痛みは通常の手術同様にあります)。
欠点:腫れがひどい時期の手術は通常より非常に難しいことです。理由は通常よりも痔核が何倍も腫れているため、腫れが治まった状態を想定しながら切除ラインや切除量を決めるためです。
*待機手術
利点:手術が腫れている時期よりも難しくなく、通常の痔核切除のようにできること。
欠点:腫れが引くまでに時間を要するため、患者さんがしばらくつらい思いをすることです。
→おしり(肛門)の手術方法
肛門周囲膿瘍
病態・症状
肛門の周囲にできる膿瘍のことを言います。最初は違和感くらいであったのが、徐々に腫れて痛みが生じてきます。場所や大きさなどにより症状の強さも異なります。代表的なものは痔瘻に発展するものが多いですが、それに限りません。
原因
肛門腺の感染(痔瘻)、粉瘤(アテローマ)の感染、せつ・よう(毛穴の感染)、膿皮症、バルトリン腺嚢胞の感染(女性)、毛巣洞(尾骨部)、フルニエ症候群などがありますが、肛門腺からの感染(痔瘻)の肛門周囲膿瘍が一般的です。しかし上記の原因である膿瘍を感染時期に見分けるのは困難な場合があります。いずれにしても、抗生剤のみでは治らない場合が多いので、切開排膿をする必要があります。
治療
保存的治療(抗生剤)と手術(切開排膿)とあります。
*保存加療
炎症や疼痛症状が軽微であり、波動など触れない、膿瘍まで達していない、発熱がないなどの場合抗生剤で様子見る場合があります。しかし1~2日で悪化する場合は手術(切開排膿)が必要です。
*手術(切開排膿)
膿瘍が大きい、抗生剤が効かない、発熱があるなどの場合、抗生剤で様子見るより、切開排膿した方が早く炎症が取れ、症状が楽になります。また処置の傷や痛みを最小限にしようとして針で穿刺吸引してもすぐに膿が貯留してくるため、効果はなく、膿瘍の大きさ・深さに合わせた十分な排膿口(ドレナージ口)を作成する必要があります。多くは診察室・日帰りで行い、麻酔は局所麻酔で行う場合が多いです。しかし深い膿瘍や複数の膿瘍の場合、局所麻酔のみでは痛みが強いため、腰椎麻酔を勧める場合があり、この場合は入院(1泊~)になります。また排膿口はすぐに閉鎖しやすい傾向があるため、排膿口から膿瘍内にドレーン(排膿をしやすくする管やゴム)を留置する場合があります。
術後経過
切開排膿後はしばらく血の付いた粘液のようなものが出ますが、徐々に減ります。排液が減って、ドレーンなどあれば抜去します(1~3週間)。炎症が落ち着くと、切開した皮膚は閉鎖してきますが、中々閉じない・排膿が続く場合は痔瘻や粉瘤、膿皮症などの可能性があります。触診で痔瘻かどうかはある程度判断できますが、まれに判断に悩む場合があり、この場合は手術時に判断します。肛門周囲膿瘍から痔瘻になる確率は約7割といわれております。また一旦治ったと思っても1、2年後にまた肛門周囲膿瘍が同部位にできる場合もあります。
痔瘻(あな痔)
はじめに
肛門にはいろいろな病気がありますが、化膿する病気の代表的なものが肛門周囲膿瘍や痔瘻です。肛門周囲膿瘍とは、肛門管内の小さな穴などから細菌が入って肛門・直腸周囲が化膿し、膿が自然に出たり、切開・排膿されると、後に膿の通り道が残ります。この管やしこりになったものが痔瘻です。
原因
肛門と腸の境目にある肛門陰窩という部分に開いている肛門腺に、下痢便などが入ってしまい化膿することによって肛門周囲膿瘍として発症し、自然排膿や切開排膿され、その後に瘻管となったものです。特に慢性下痢や頻便などで便を我慢しすぎると肛門陰窩に圧がかかり、逆行感染すると言われています。それ以外にも裂肛から生ずるもの、Crohn病に合併するもの、結核、HIV感染、膿皮症などが関与するものもあります。
症状
肛門周囲膿瘍になると痛んだり発熱したりしますが、痔瘻は通常痛くはなく、しこりを触れたり、分泌物が出たり、かゆみを感じるなどが症状です。痔瘻の外の出口が閉鎖し、再び化膿して肛門周囲膿瘍になり痛むこともあります。
診断
肛門周囲膿瘍の存在部位が浅いものは、目で見て発赤や腫脹を確認し、指で触って膨らみや痛みを知ることによって診断します。深いものについては、目で見てもわからないことが多く、指で触って診断しますが、肛門専門医でないと判断がつかないような例もあります。大きな病院に行きCT検査や超音波検査でやっと診断がつく場合もあります。肛門が痛くて発熱のある場合には、肛門専門医に受診することをお勧めします。痔瘻は目で見て指で触って診断するのが一般的です。肛門周囲にできた二次口を確認し、管の走行を指で確認するのです。複雑な痔瘻についてはその広がりを知るためにMRI検査を行う場合もあります。痔瘻の分類には隅越の分類があります。
治療
肛門周囲膿瘍の治療は別項で説明。痔瘻の自然治癒はまれで、基本的には手術が行われます。痔瘻の型により、根治性と機能温存を考慮した手術が行われます。
A)切開開放術(Lay open法)
B)シートン法(Seton法)
C)括約筋温存法(SIFT-IS法、Coring out法など)
→おしり(肛門)の手術方法
裂肛(切れ痔)
はじめに
裂肛は肛門上皮に生じた非特異的なびらん、裂創、潰瘍などの総称であり、俗に「切れ痔」といいます。裂肛の有病率は三大痔疾患のうち約15%であり、2:3で女性に多く、特に20~40歳代に多いのが特徴です。一般的に裂肛は食事や生活習慣の改善、便通の調整と外用薬の投与が主となる保存的療法で軽快し、外科的治療に移行する患者は約1割程度といわれています。
原因
いくつかの原因が考えられます。硬い便が肛門管を通過する際に生じ、その多くが慢性便秘症です。また下痢によって悪化する場合もあります。痔瘻と同じく肛門小窩の感染によって裂肛が誘発される場合もあります。また肛門管内の圧の上昇により肛門管の血流が減少することで裂肛が生じやすくなると考えられています。
症状
痛み、出血、違和感、痒みなどがあります。肛門上皮は痛みを感じる部分なので硬い便で傷が付くと痛みを感じます。痛みの程度は排便時のみで軽いのが一般的ですが、排便後もしばらく痛みが続くこともあります。特に肛門狭窄になると痛みはさらに強くなります。狭窄には内括約筋の痙攣という機能的な場合と肛門上皮および内肛門括約筋の硬化による器質的な場合があります。
出血の場合、色は鮮紅色で量は便や紙に付く程度で多くはありませんが、便器が真っ赤になることもあります。
他に違和感・脱出・掻痒感もあります。裂肛が慢性化して皮膚の突起物(見張りイボ)やポリープができて大きくなると脱出や違和感、掻痒感を生じることがあります。
分類
裂肛の状態や原因による分類があります。
1)急性裂肛:硬い便で肛門上皮が過伸展されることよって起こる単純な機械的損傷。
▼切れ痔(急性裂肛)
2)慢性裂肛:潰瘍状の深い傷で潰瘍底には内括約筋の筋線維を認めることがあります。また口側には肛門ポリープ、肛門側には見張りイボができることがあり、潰瘍、肛門ポリープ、見張りイボは裂肛の三徴といわれています。
▼切れ痔(慢性裂肛)
3)脱出性裂肛:痔核や肛門ポリープがくりかえし脱出する際に肛門上皮が牽引されてできます。
4)症候性裂肛:全身性疾患の部分症状として肛門部に裂肛が生じるものでクローン病による裂肛などがあります。
治療
*保存的治療法
A)便通の調節:便秘や下痢を起こさないように食事をコントロールすることが大切です。便秘に対しては水分と繊維成分を十分に摂取すること、また必要に応じて膨張性下剤を中心に内服を行います。
B)肛門の衛生:痛みや見張りイボにより肛門の衛生が保てないことも多いため、入浴・坐欲が有効です。また温まることで血流が良くなり、傷の早期治癒や痛みの改善につながります。
C)外用薬・内服薬:局所麻酔薬やステロイド含有の注入軟膏や座薬があり、症状によって適宜使用します。また鎮痛薬や抗炎症薬の内服を併用することもあります。
*外科的治療
保存療法で改善しない、肛門狭窄がある場合などに行います。
A)肛門拡張術:切開は行わず、肛門に指を挿入して広げる方法です。軽度な機能的な肛門狭窄に行われます。
B)裂肛切除術:狭窄のない慢性裂肛に行います。裂肛部分および肛門ポリープや見張りイボを切除し、外側のドレナージ創を整えます。
C)側方内括約筋切開術:肛門の皮膚からメスを入れ、狭くなった内括約筋を浅く切開します。機能的な肛門狭窄に行われます。
D)肛門皮膚弁移動術:裂肛部分および肛門ポリープや見張りイボを切除し、肛門の外側の皮膚の一部を移動して肛門を広げる手術です。器質的な肛門狭窄に行われます。
→おしり(肛門)の手術方法
まとめ
裂肛は急性であれば短期間で治りますが、原因となる便秘が改善されないとくりかえします。その結果肛門狭窄になると手術が必要になります。他の病気と同じように早めに治療して悪化させないことが肝要です。また痛みや出血が長引く場合悪性腫瘍の可能性もありますので、自己判断はせず肛門科専門医を受診してください。
肛門ポリープ
病態・症状・原因
裂肛や肛門狭窄などが原因で、肛門小窩の間の肛門乳頭が炎症により肥大化したものが肛門ポリープになると言われています。小さいものなら気にならない場合が多いですが、大きくなり脱肛する場合があります。痔核と違い硬さがあり、色も白っぽく、皮膚に近いです。
治療
小さなものなら切除する必要ありませんが、それが脱肛する場合や慢性裂肛に付随したもの、肛門狭窄伴っている場合などは単独または裂肛・肛門狭窄手術時に切除します。裂肛の項も参照。
直腸脱
はじめに
脱肛の一種で、直腸脱は完全直腸脱と不完全直腸脱に分けられ、単に直腸脱というときは完全直腸脱を指すのが一般です。完全直腸脱とは直腸の全層が裏返しになり肛門の外に脱出する状態で、不完全直腸脱は肛門の外にはあきらかに脱出していませんが、直腸内で弛みや重積を認めます(直腸重積、不顕性直腸粘膜脱ともいいます)。不完全直腸脱の場合、全周性の痔核(いぼ痔)と診断される場合もあります。
原因
成因あるいは誘因については諸説が報告されていますが、全てを説明しうる説はありません。先天的因子に後天的誘因(便秘など)が加わり発症するものと考えられています。直腸脱の発生頻度は一般に高齢者に多く、特に女性に多いのが特徴です。しかし若年者の男子にも発生しないわけではありませんが、特殊な場合が多いようです。
症状
直腸の脱出、便漏れ、排便困難が主となりますが、脱出による下腹部の違和感や排尿困難なども見られます。初期は排便時に強くいきんだ時に直腸が肛門から脱出し(肛門の脱出では無いが本人は肛門の脱出と思っていることが多い)、いきむのをやめると自然に戻ります。さらに病状が進むと立ち上がるだけでも脱出し、手を使わないと自然に戻らなくなります。また脱出することで便が出始めても続かず残便感が続いたり、身体活動が制限されたり気分不快をきたします。脱出は大きい場合は10cm以上にもなり、粘膜面は同心円状の皴を呈します。脱出してむくみが強くなると手で戻すことが困難になり、専門医でも腰椎麻酔を必要とすることもあります。
治療
手術が適応となりますが、その手術方法は成因や誘因と同様50種類以上にものぼり、数多く報告されている手術成績もまちまちです。術式は一般に会陰部から操作する会陰式(経肛門式も含む)と下腹部を開腹する腹式に大別されます。
*会陰式の手術
Gant-三輪法やMuRAL法、Delorme法などがあります。腰椎麻酔(場合によっては局所麻酔・無麻酔でも可)で施行できるため侵襲が低く比較的安全ですが、再発率が高いのが欠点です。
*腹式の手術
直腸をつり上げ固定する方法が一般的です。再発率が低く成績は良いのですが、全身麻酔で行うため侵襲が高くなります。最近では腹腔鏡による手術が可能となり手術侵襲は減少しました。しかし心臓に重篤な病気があり全身麻酔をかけることが危険な場合などは腹式の手術はできません。
腹式、会陰式のどちらを選択するかは、(1)症状の程度、(2)脱出の程度、(3)患者の全身状態を考慮して決定します。
おわりに
直腸脱は高齢者、特に女性に多い病気で、社会の高齢化にともない増加傾向にあります。直腸が脱出すると活動が制限され外出するのも億劫になり、脱出が頻回になると肛門のしまりが悪くなり、便漏れをきたすことも多くなります。そしてQOLが低下します。手術をすることで直腸の脱出がなくなると体の動きが楽になり、肛門のしまりが良くなるため日常生活を快適にします。直腸の脱出がなくなったことによりストレスが解消し、結果としてQOLは良くなります。
女性では肛門が出ていると思っていて、実は子宮脱(子宮が膣から脱出する病気)や膀胱脱、あるいはこれらすべてを合併していることがあります(骨盤臓器脱)。いずれにしても正確な診断と適切な治療法のためには、何らかの症状に気付いたり、症状が気になったら早めに専門医による診察と検査を受けることが重要です。
直腸粘膜脱
はじめに
病名のごとく直腸の粘膜が脱出しますが、直腸脱との違いは粘膜の筋層を含まない一部の直腸粘膜が脱出します。
原因
諸説ありますが、便通異常(便秘)、加齢、肛門手術後(ホワイトヘッド手術など)に起こりやすく、肛門でのストッパーとなる肛門括約筋の弛みや痔核の消失などで起こります。
症状
脱肛やパンツが汚れる、しばらく歩くと脱出するなどといった症状で、よく痔核(いぼ痔)と間違えられます。また以前に痔核手術したが、再発したといって受診される場合もあります。痔核の脱肛との違いは、痔核の場合うっ血した静脈瘤が脱出しますが、直腸粘膜脱はうっ血した痔核はほとんどなく、弛んだ直腸粘膜がずり出てきます。痔核手術を行ったのに、また出てきた場合はこの直腸粘膜脱や直腸脱の可能性も考えられます。
治療
基本的には手術で治します。
直腸粘膜脱形成術を行いますが、直腸粘膜脱の原因によっては、少し手術方法が異なります。
1.手術既往がなく、痔核と直腸の弛みがある場合は痔核切除(結紮切除or 分離結紮)+Gant-三輪法。
2.肛門手術後の場合、ストッパーとなるもの(痔核及び肛門管上皮)が以前の手術で切除されているとそこから直腸粘膜が脱出してきます。そこで、直腸粘膜が出てこないようにストッパーとなる皮膚弁を肛門に入れる手術(V-Yグラフト)を行います。
尖圭コンジローマ
病態・症状
パピローマウイルス(HPV) 6, 11型の感染による皮膚の角化によって生じる乳頭状、鶏冠状の腫瘍で、2mm~10mmを越えるものまであり、肛門周囲や会陰・膣・陰茎などに多発します。痒みや痛みなどが無い場合が多く、いつ発病したかはっきり覚えていない人も多くいます。
感染の原因
肛門性交による性行為感染症(STD)が主な原因で若い男女(10代後半から30代)に多くみられますが、高齢者や小児でも見られることがあり、この場合の感染経路は公衆浴場のイスや温水洗浄付きトイレの使用など言われていますが、不明なケースもあります。尖圭コンジローマの人と性行為をすると、60~80%が感染すると言われています。原因であるウイルスが感染してもすぐにイボがあらわれるわけではなく、感染してからイボが確認できるようになるまで、約3週間~8ヵ月(平均2.8ヵ月)くらいかかるといわれています。したがって、感染した時期や誰から感染したかを特定するのは難しいとされています。
尖圭コンジローマと診断された場合は、パートナーも尖圭コンジローマに感染していることが予想されますので、パートナーにも受診してもらうことが大切です。尖圭コンジローマのある方はHIV(エイズウイルス)や梅毒に感染している可能性が高く、治療前にこれらの検査も行う必要があります。
治療
外用薬と切除(手術)の2つがあります。腫瘍が比較的小さい場合は外用薬(べセルナクリーム)を3回/週使用します。刺激が強いため、肛門内にコンジローマを認める場合は、適応外となります。肛門内や腫瘍が大きい、外用薬で小さくはなったが完全には消えない場合は切除(手術)します。小範囲であれば局所麻酔でも可能ですが、広範囲や肛門内にある場合は腰椎麻酔で行う場合もあります。
フルニエ症候群
はじめに
フルニエ症候群(壊疽)は若年性男性に急激に起こる特発性生殖器壊疽として1883年にFournierによって報告されましたが,現在では年齢,男女問わず,性器,会陰部皮下の浅在筋膜を炎症の場とし、皮膚壊死を伴い、急速に進行する重症感染症とされ、容易に敗血症、DICに至ります。
原因
肛門周囲膿瘍、外傷、会陰部・直腸手術、尿路感染などを契機に起こり、特に患者が基礎疾患を有していのがほとんどである。中でも未治療・血糖コントロール不良の糖尿病、肝機能障害(肝硬変・肝不全)、ステロイド療法、化学療法、悪性腫瘍など免疫機能低下や易感染状態が発症に深く関与していると考えられます。原因菌は好気性、嫌気性菌の混合感染とされています。
症状
会陰部の発赤、腫脹、疼痛、発熱。皮膚の壊死(Black spot)、皮下気腫(握雪感)
治療
すみやかな治療が必要で、確実なドレナージ、抗生剤投与による感染コントロール、創部管理(壊死組織のデブリドメント)だが大事で、さらに敗血症によりDICを伴うと全身管理が必要です。ICUのある高度機能病院での治療が望まれます。
予後
速やかに適切な処置を 行わなければ、死亡率が15.7~22%と報告されています。
肛門ヘルペス
原因・症状
単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus : HSV)の1型または2型の感染で半数以上は2型によります。肛門周囲へ水疱を形成し、水疱が破れ、びらんを形成することあります。ピリピリとした強い痛みを伴います。STDのひとつでもあります。初感染の場合、3-5日間の潜伏期の後に発症することが多いですが、初感染の時期がはっきりしないこともしばしばあります。HSV-2による感染は、数か月の間隔で再発を繰り返すことが多いです。
治療
裂肛(切れ痔)と症状もやや似ており、裂肛の軟膏を使用するも改善が無いとのことで肛門科へ受診され診断される場合もあります。ヘルペスの治療は、抗ウイルス薬を使用します。外用薬を使用し、再発を繰り返す場合は内服治療も行います。また、痛みに対しては適宜鎮痛薬を使用します。
膿皮症
原因・症状
肛門部、臀部周囲のアポクリン線の閉塞・感染により生じる化膿性疾患です。痔瘻よりも多数の2次口を形成し、若い男性に多いです。肛門周囲や臀部の皮膚に膿の開港する硬結・結節を多数認め、お互いが皮下で複雑に交通している。痔瘻との鑑別が必要です。
治療
硬結部・感染部の皮膚をすべて切除します。皮膚欠損部は大きくなければ時間をかけて徐々に閉鎖してきます。かなり大きい場合は皮膚移植を行う場合もあります。
毛巣洞
はじめに
肛門の後方、尾骨上方の仙骨部に膿瘍を形成し、疼痛や腫脹、排膿をきたす疾患です。
原因
先天的(生まれつき)または後天的(生まれてから)に毛髪が皮下組織に埋没し、感染を生じるとされている。感染を生じると硬いしこりを触れたり、膿が出たりします。毛深い男性や白人に多く見られます。多くは仙骨部の正中にくぼみがあり、そこからか数センチ離れた尾骨付近で2次口が開いている。痔瘻との鑑別が必要だが、走行や毛髪の有無で診断できる。
治療
膿が溜まっている急性期は、切開して膿を出します(排膿)。排膿しただけではまた繰り返すため、根治術で病変を取り除く必要があります。瘻管を切り開いてその壁ごと切除します。切り開いた皮膚は閉鎖または半閉鎖(切り取り部分が大きいと、皮膚を閉鎖しても緊張がかかるため再び創が開いてしまいます)します。
クローン病の肛門病変
はじめに
クローン病とは免疫異常などの関与が考えられる原因不明の肉芽腫性炎症性疾患です。若年者に発症し、小腸・大腸をはじめ肛門などに浮腫・潰瘍・狭窄・瘻孔など特徴的な病態を形成します。
肛門病変
肛門周囲膿瘍、痔瘻、裂肛、肛門狭窄、浮腫皮垂(edematous skin tag)、肛門潰瘍(cavitating ulcer)など特徴的な症状を呈し、特に痔瘻は多発性で、瘻管は不規則・複雑に枝分かれします。
診断
クローン病と診断されていない場合は、上記の特徴的な所見よりクローン病疑う場合は、胃・大腸カメラを行い、潰瘍やアフタ、狭窄などの病変を確認する。小腸病変が疑われる場合はCT・MRI検査、小腸造影検査を行う。肛門病変のみの場合は浮腫皮垂の切除し、病理検査を行い、非乾酪性類上皮細胞肉芽腫を証明する。
治療
クローン病の治療及び、それぞれの肛門病変に対する治療を行います。肛門潰瘍からの肛門周囲膿瘍・痔瘻の場合は手術のみでは難治性であるため、ドレナージやシートン法を行い、生物学的製剤(インフリキシマブやアダリムマブ)の投与によるクローン病のコントロールも必要。
肛門周囲炎
はじめに
肛門の周りにできる湿疹・かぶれです。
原因
肛門周囲での便や粘液、汗などの刺激。細菌や真菌(カビ、水虫)、ウイルスなどによる場合もあります。
症状・肛門病変
主にかゆみ、ぴりぴりとした痛み。じゅくじゅくした湿疹・かぶれ、乾燥・肥厚した皮膚。
かゆみが原因で拭きすぎたり、洗いすぎたりすることで、慢性化すると皮膚が白色肥厚し、余計に清潔に保ちにくくなることがあります。
治療
原因に合わせた治療を行います。まずはかぶれ・湿疹の原因を取り除くこと。無理な場合は日ごろから肛門を清潔にして、石鹸などによる刺激を加えないことを行います。
かゆみの症状が強い場合はステロイド外用薬や皮膚保護薬などを使用します。
原因がカンジダによる場合は、抗真菌剤を使用することもあります。
バルトリン腺炎・嚢胞・膿瘍
はじめに
バルトリン腺は、腟の入口から1~2㎝ななめ奥に位置するエンドウ豆大の左右一対の分泌腺で、性行為を滑らかにするための粘液を分泌する役割があります。分泌液を排出する導管が詰まると管の中に粘稠性の分泌液がたまり、のう胞を形成します。さらに嚢胞が感染すると、膿瘍を形成する場合があります。
原因
分泌液を排出する導管に大腸菌・ブドウ球菌・連鎖球菌などの菌が侵入して炎症を起こす。
症状
腟の入り口付近が赤く腫れ、痛み。さらに進行すると、外陰部の発赤・腫れ・痛みが強くなり、立ったり座ったり、歩いたりするだけで痛みがあります。
診断・鑑別
膣の後方(肛門側)にあるため、肛門周囲膿瘍・痔瘻、粉瘤感染などと間違われる場合があり、その逆も考えられます。患者様は婦人科 or 肛門科の受診で迷われる場合があります。多くの患者様は膣の横が腫れるため、婦人科受診される場合が多いです。しかし、なかなか治らず肛門科受診したところ、痔瘻・肛門周囲膿瘍であった場合もあります。一般にバルトリン腺膿瘍の場合、膣腔内へ排膿する場合が多く、痔瘻からの肛門周囲膿瘍の場合は膣腔内に排膿(2次口)することは少ないですが一概には言えません。画像検査(エコ―やCT、MRI)で確認する場合もありますが、経験豊かな肛門外科医であればどちらが原因かは診察でほとんど判断できます。
治療
炎症が軽度の場合は抗生剤により保存加療を行います。抗生剤が効かない、膿瘍形成の場合は、切開排膿による手術が必要です。炎症を繰り返す場合は、腺を温存する開窓術やバルトリン腺摘出を行う場合もあります。
洗浄便座症候群
はじめに
温水(洗浄)便座症候群とは、近年温水洗浄付き便座の普及で、過剰に肛門を洗浄することで、肛門の皮膚バリアが無くなり、肛門周囲の痒み・皮膚炎・かぶれ・湿疹など起こす新たな病気です。
原因
特に温水は皮膚を覆う油成分や常在菌まで流してしまい、それが長時間当てすぎることにより皮膚バリア機構がなくなります。長時間洗浄される理由しては、かゆみがある、おしりを清潔にしたい、温水を肛門に当てると便が出やすいなどの理由です。
症状
痒み、ひどくなると痛痒い。乾燥、ひび割れ。肛門の白色、進行すると周りより黒っぽくなる。びらん、湿疹。かび・真菌・溶連菌などが発生することもある。
治療
温水トイレの水流は可能な限り弱く、使用時間は5~10秒にとどめるようにします。肛門に傷があり、痛みや出血がある場合は使わないほうがいいです。また、高齢者では肛門括約筋の筋力が落ちて方は、肛門をきれいにしようと長く洗浄し、お湯が肛門内に入り、後に少しずつ漏れ出してきて下着の汚れや肛門のべとつきの原因となります。お尻の拭き方も紙で強く擦らず、抑える(拭き取る)ようにして、水分を吸い取るようにします。またそもそも洗浄便座を使用することで肛門の病気が減るといったエビデンスもありません。